多余的話

大沢武彦のブログです。

読了、関智英『対日協力者の政治構想』名古屋大学出版会、2019年

本書を読んだ時、この分野のマイルストーンとなるべき研究書であり、今後、日中戦争期を研究するであろう多くの人々にとって必読の書となるであろうと思った。

 

本書は、日中戦争後に国民政府や中国共産党から「漢奸」と呼ばれて批判された人々、すなわち日中戦争における対日協力者達の政治構想に焦点をあてて論じるものである。しかも、取り上げられる人物は汪精衛などを除けば、決して有名ではない人たちである。僕も率直に言ってこの本で名前を初めて知った人達だらけである。孫文蒋介石、そして毛沢東のような大物政治家ならいざしらず、そんな人達の政治構想や思想を知ったところで何になるのか、著者はこうした発想そのものを、大きく問うているような気がしてならない。

 

良いのか悪いのかはさておき、僕が思うに中国近現代史の進展とは「主体性」発見の道のりであったとも思っている。いささか説明が必要であろう。大昔、中国近現代史とは、毛沢東思想史と同義であり、国民政府や対日協力者はもとより、同じ共産党の政治家でさえ毛沢東の引き立て役であり、倒されるべき宿命をもった言わば悪役のプロレスラーとしかとらえていなかった。研究の進展はそうした政治勢力や人物たちを「人間」化し、「主体性」をもったプレーヤーとしての位置付けを与えたものであったと言える。

 

そして、本書を読んで、僕は中国近現代史がここまできたかとの感慨を思わざるを得なかった。そこで描かれる対日構想は、毛沢東蒋介石には及ばないのかもしれないが、彼らなりの葛藤や「主体性」を持って生み出されているものであるということが、ありありと本書では描かれている。

 

記述は非常に丁寧であり、特に各章の冒頭ではそれぞれ興味を引くようなイントロダクションが用意されている。中国の専門家だけなく、ひろく政治や思想全般に関心を持つ人にもお勧めできる本となっている。

 

 

対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後―

対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後―