多余的話

大沢武彦のブログです。

ロシア革命

E・H・カー『ロシア革命』をずいぶん前に読み終わる。ロシア革命―レーニンからスターリンへ、1917‐1929年 (岩波現代文庫)
現在のソビエト史研究から見るとどうなのかはわかりませんが、個人的にはとても面白かったです。

2004年末にE・Hカーを素晴らしいと褒めるのは、ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』を素晴らしいというのと同じような、今更の感じもしないでもない。それはさておき、気になった言葉をメモっておく。

スターリンの新機軸で重要な点は『レーニン主義』の特異な聖化であった。『レーニン主義』という言葉がレーニンの存命中に流布していたとするなら、それは−後の『トロツキー主義』同様−その信用を貶めたいと願う敵対者によって、悪口の言葉として使用されたのであった」(101頁)。

スターリンの台頭は、西欧では一定の満足をもって迎えられた。というのも、それは、トロツキーやジノーヴィエフのような革命的扇動家が没落して、自国の運命の再興に没頭している、穏健で慎重な指導者にとって代わられたことを意味したからである」(129頁)

「五カ年計画の観念は計画家の想像力をとりこにし、その野心を刺激した。それは、漠然とした遠大な展望を限定された期間の中に閉じこめることを強要した。他方、五年後に実現さるべき楽観的な評価を提出することの方が、一年の展望に限定するよりもやさしかった」(159頁)。

「計画化の期間として五カ年を選んだのは、五年の間には豊作と凶作とが相殺しあい、それゆえ平均に基づく計算が有効であろうとの議論によって正当化されたのである」(213頁)。

「彼〔スターリン〕は、ソ連以外のいかなる国での革命の展望にも冷笑的であった。彼ははやくも1918年1月に、レーニンに反対して『西欧には革命運動はない』と主張した唯一の党中央委員だったのである」(243頁)。

今、読んでいる途中の本。
永原慶二『20世紀日本の歴史学
テッサ・モーリス・スズキ『過去は死なない−メディア・記憶・歴史』
高杉一郎『征きて還りし兵の記憶』

あれ、中国近現代史関係の本が無い。

そういや、天児慧『中国の歴史11 巨龍の胎動 毛沢東VS訒小平』は、文革まで読んだ。やっぱ、もうちょっと読み進めよう(それにしても、編集部が付けたのかもしれんが、「毛沢東VS訒小平」というのは違和感アリアリ)。