多余的話

大沢武彦のブログです。

読了、菊池秀明『太平天国−皇帝なき中国の挫折』岩波新書

かつてというか、今でもそうなのだと思うが、歴史学専攻で、中国の歴史をやってみたいという学生に必ず勧める本というのがある。例えば、宮崎市定科挙』なんかがそれにあたり、最初に読むけれど、勉強が進んで読んでも、ひいては歳をとった今でも、読んで味わいが深い本というのは確かにある。

 

この本は昨年末に出版された本であるが、今後、中国の歴史を学ぶ学生が必ず読む、或いは勧められる本になるのではないかと思いました。

 

 

同書の背後には膨大な自己や他者の研究、史資料がありながら、コンパクトにかつまるで見てきたように、生き生きと太平天国の乱が描かれている。しかも大変に読みやすい。

 

門外漢ではあるが、特に太平天国支配下の政治制度や住民管理の実態は非常に興味深い。あと、前に取り上げた藤野裕子さんの『民衆暴力』も参考文献にあがっているが、小島晋治氏の研究を引きつつ、日本の百姓一揆やドイツ農民運動と比較して、この乱が「官」への上昇志向を見せているという点は大変面白い(45〜46頁)。

 

この反乱の実態を現代の「党国体制」へと結びつけるのはいささか性急な感じもするが、とは言え、同書の189頁にある、「結果として太平天国は長く中国で行われてきた暴力的な専制支配から脱却することはできなかった。古典的な『文明』の論理と厳しい競争原理ゆえに分権的な政治体制を実現できない中国社会の問題点は、その後の中国近代史に大きな課題を残した」という指摘は重い。

 

大変に面白く、かつ歴史を学ぶだけでなく現代中国を理解するにも必読の本と言えよう。