多余的話

大沢武彦のブログです。

読了、安田峰俊『八九六四 完全版 「天安門事件から香港デモへ」』

前の通常版も読んで、大変に感銘を受けた本である。

本書は、大宅賞と城山賞のダブル受賞をしたのも当然の著作を新書化しただけなく、2019年の香港デモの章を新たに加えた「完全版」となる。

 

思い出話をすると、自分は天安門事件の時、高校生であり、少し中国の歴史に関心を持っていた。自分が見たのは、中国政府が戦車や軍隊でもって、学生運動を強行に鎮圧するニュース映像であった。その映像を見て、憤りと困惑を感じつつ、なぜこんな事件が起こるのか、もっとナイーブに言えば、人民の支持を得て中国を建国したという中国共産党がなぜ民主化を求める学生達に武力を振るうのかという、根源的な問題を感じていたと思う。

 

やがて、中国近現代史を志すようになり、大学院に入り、中国の地方の大学に留学した。多少中国人の友達もできるようになり、そこで僕は中国の地方においても天安門事件の頃、大きな学生運動があったことを恥ずかしながら初めて知るのである。天安門事件の頃、その大学でも多くの学生達が集まったという。

 

本書の大きな特徴は、まずその視野の広さにあると思う。天安門事件を、北京だけでなく、香港や台湾の民主化運動、そして少数民族問題さえも、その視野に入れつつ論じているところが極めて優れていると思う。

 

著者の立ち位置は、民主化運動に対してある種のクールな違和感を持ちつつも、それにのめり込み「危うい」所へ行こうとしている人たちへの優しいまなざしを忘れてはいない。それは本書に出てくるタクシー運転手やタイへと逃れざるを得なくなった人への記述に顕著だ。これも本書の優れた点の一つになっている。

 

そして、香港デモについての章は苦い。日本にいると香港デモのネガティブな側面はなかなか見えてこない。本書で具体的に描かれているデモの暴徒化を指摘している点は何とも複雑な気分になる。しかし、香港、そして中国の民主を考える上で、この問題は避けて通れないことは間違いない。単純化して言えば、少数のエリートによる統制された民主運動か、それが不在で迷走や過激化する民主運動か、それとも第三の道はあるのだろうか。

 

中国という存在にどのように向き合うのか、そして、その民主主義をどう考えるのかという問題に関心のある方は必読の文献である。前の版と同様、お薦めです。